先日「はい論破」という言葉に潜むルサンチマンについて、書いた。
gyakutorajiro.com市場競争で勝つことが難しい社会的強者に対して、「言論」「論戦」といった言葉の応酬による階級闘争なようなものを仕掛けて、それに打ち勝って論破して自尊心を得ようとする試み。
まあカッコ悪いような気もするんだけど、そういうの、あるよな。
そういえば、はあちゅうとかイケダハヤトも粘着されてたよな。
二人とも社会的強者だ。
はあちゅうはインフルエンサーだし、旦那のしみけんはポルシェのカイエンに乗る一流AV男優だし。
イケダハヤトも情報商材を売ったりサロンの運営等によって相当、金を稼いだ成功者だろう。
そういう強者への嫉妬心があるゆえ、一挙手一投足を批判したくなる。
もちろん、本当に常識的かつ客観的に考えて、おかしな言動がある場合は、その批判は妥当かもしれないけど。
粘着的に行う場合は、私怨が混じっている可能性がある。
しかし私怨や悪口だとは思われないよう、その活動は「批判」「言論」という、無意識的にルサンチマン(奴隷道徳)のベールで覆い、対象を攻撃する活動が展開される。
まるでゲームみたいな、ヴァーチャル階級闘争だね。
そんな記事について、id:amaikahluaさんからブコメがあった。
社会的強者や上級国民にヴァーチャル階級闘争を挑み自尊心の獲得と維持を試みるルサンチマンについて - 逆寅次郎のルサンチマンの呼吸
落合陽一さんのTwitterアカウントも、昨日の昼ぐらいまでエライ事になっていたなあ……(呆れ)
2022/07/11 15:13
b.hatena.ne.jp落合陽一?
と思った調べたら、あった。
togetter.comなんか炎上してたのか。
誰かが、落合陽一に論戦を仕掛けたのか?
b.hatena.ne.jp政府で働く人の悪口をみんなで言うと,その悪口を聞いた誰かが,日本を良くしようと思って銃でその人を撃ったりするんだよ.その人が撃たれた後にみんな暴力はいけない断固として許せないって言うんだよ.言葉の使い方は気をつけようね,みんなの悪意の責任はみんなで取ろうね,メディアも個人も.
なるほど、この発言が炎上したようだ。
そういえばホリエモン(堀江貴文)も似たようなこと言ってたな。
「安倍氏が殺されたのはアベガーのせいだ」というホリエモンや落合陽一氏のツイートが批判されるのもわかるが、他方でちょっとだけ理もあるとは思う。今日繰り返し書いたように、独裁者に対する暴力は正当化可能なので。正統性なき恣意的権力行使は単なる暴力なのだから、暴力で対抗できるんですよ。
— ystk (@lawkus) July 8, 2022
まあ確かに、一理はあるかもしれない。
山上容疑者が、安部批判をするツイッターのアカウントやツイートを読んで、それに自身を投影し、共感して同一化して、安部晋三元首相への恨みを募らせた可能性はゼロではない。
だけどそれは根本原因ではないだろうよ。
10が11や12に、20が21や22になるという影響はあったかもしれない。
ただ、時系列や影響力の大きさを考えると、0から1になる根本原因。
それは犯人が言うように家族の問題、「母親が宗教団体への献金によって家庭が崩壊した」という事実だ。
山上容疑者は、奈良県の公立高校の進学校、郡山高校に進学していた。
同志社大学の在籍は、大学側は事実ではないとの話だが。
www.excite.co.jp「母が入信し、金を納めて生活が苦しくなった」という、犯人はそれを動機として語っている。
にも関わらず、その供述を無視して「アベガーや安部批判論者が焚きつけた」と捉えられるような、犯人の供述と照らし合わせて主要因とは考えにくい理由で話を進める。
なぜか。
それは落合陽一やホリエモンにとって、アベガーたちは、
金儲けや日々の活動の邪魔だから
恐らくこの理由が大きいだろう。
だから「アベガーや安部批判論者が焚きつけた」という、副次的要因の方を、強調する。
そこには、落合陽一やホリエモン等の、社会的強者の無意識の欲望がある。
精神分析のアプローチで、それに迫る。
まず、社会的強者や自民党支持者の精神構造は、ジャック・ラカンの欲望のグラフ第2図に書き込むと、以下のようになる。
ここでいう「アベガー」「アベノセイダーズ」は、社会的弱者(弱者※)とする。
※差別的な意味ではなくて、アベガー等は大企業や富裕層を優遇する政策を取る自民党を毛嫌いするという点で、金銭面で相対的に「富裕層ではない=所得が多くない」という理由だ。
「アベガー」「アベノセイダーズ」等のシニフィアン(他者)が、上記で述べたようなヴァーチャル階級闘争のように、SNSでクソリプを飛ばして非難してくる。
弱者達は、社会的強者である自民党の政治家や、大学教授やお金持ちやインフルエンサー等の社会的強者に、批判の矛先を向けがちだ。
持たざる者が、持っている者たちに、嫉妬・怒り・恨み・辛み等の私怨が混じった「意見」「言論」というルサンチマンをぶつける。
もちろん、社会的強者の行為のみを取り上げて、理性的に糾弾する人もいるだろうけどね。
社会的強者は「うっとうしいなこいつら」と思いながら、日々の生活を強いられる。
資本主義社会においては、強者ではあるものの、「言論の自由」「表現の自由」という民主主義社会において、それら弱者の声を取り締まるわけにもいかないので、弱者たちから日々、ルサンチマンの精神攻撃に苛まれる。
そこで生ずるのが、新たな欲望だ。
それがジャック・ラカンの欲望のグラフ第3図「汝、何を欲するか?」である。
社会的強者は、サロンにも入らないし自分のフォロワーにもならないし課金もしてくれない「アベガー等の弱者はいらない」と欲望する。
「アベガーの粘着、うっとうしいな」と。
それゆえ「汝、何を欲するか?」に対する問いの答えは、必然的に「アベガーのいない世界」となる。
しかしそれの行き着く先は、"$◇a" [S barré poinçon petit a(エス・パレ・ポワンソン・プテイタ)]という、ラカンがいう「幻想」になっている。
縁の過程、循環的過程、この関係は、この小さな菱形によって支えられます。私は自分のグラフの中で、アルゴリズムとしてこの菱形を使っています。なぜなら、あの欲望の弁証法の最終的諸産物をいくつか統合するにあたって、この菱形が必要だったからです。
たとえば、まさに幻想のなかにも、これを組み込まないわけにはゆきません。つまり、幻想は"$◇a" [S barré poinçon petit a(エス・パレ・ポワンソン・プテイタ)]―棒線で消されたS、錐穴、小文字の「a」となります。
また、要求と欲動が結合するあの根源的な結び目にも、これを組み込まないわけにはゆきません。この結び目は"$◇D"[S barré poinçon grand(エス・パレ・ポワンソン・グランデ)]―棒線で消されたS、錐穴、大文字のDと書かれます。これを我々は叫びと呼ぶことができます。
(引用元:ジャック・ラカン 精神分析の四基本概念(下) (岩波文庫 青N603-2) [ ジャック=アラン・ミレール ]p197)
なぜ幻想か。
それは、a(アベガーのいない世界)は、「望んでも手に入らないから」だ。
言論統制が出来る独裁国家でもないんだから、アベガーを排除することは出来ない。
「アベガーのいない世界」を要求しても、その欲望は達成できず、自我に亀裂が生じる。
社会的強者という主体は、欲望を達成できない斜線を引かれた$となり、◇(疎外)の状況となる。
ではどうするか。
それが、ジャック・ラカンの欲望のグラフの完成図だ。
欲望(アベガーのいない世界)の達成が危機に迫ると、どうするか。
社会的強者は、$◇a(幻想)を作り出す。
その幻想が、
アベガーや安部批判論者が、山上容疑者を凶行に至らせた原因だ!
という主張だ。
それはもちろん、一理はあるかもしれない。
しかし、母親と宗教団体との関連、夫と祖父を失った母親の精神状況、進学が困難になった山上容疑者の心境など、その他の主要因を全て無視しているという点で、「事実」に到達しているとは到底言い難く、「幻想」のレベルだ。
このような幻想を、スラヴォイ・ジジェクは社会的空想(イデオロギー的空想)と呼んだ。
したがって、社会的空想という観念は、敵対性という概念の不可欠な対応物である。空想とはまさしく、敵対的亀裂を遮蔽する方法である。言い換えれば、空想とは、イデオロギーがそれ自身の失敗をあらかじめ計算に入れるための手段である。
(引用元:「イデオロギーの崇高な対象 [ スラヴォイ・ジジェク ]」 汝何を欲するか)
「アベガーのいない世界」の実現、それを実現に近付けるイデオロギーの流布は、失敗に至る可能性がある。
そのため、その欲望を出来る限り達成に近付けるために、「アベガーと山上容疑者との結びつき」という空想を、生産する。
社会が十全な同一性を獲得できないのはユダヤ人のせいではない。それは、社会それ自身の敵対的性質、それ自身の内在的障害物のせいなのである。社会はこの内的否定性を「ユダヤ人」のイメージに「投影」する。
(引用元:「イデオロギーの崇高な対象 [ スラヴォイ・ジジェク ]」 汝何を欲するか)
金を持つものと持たざる者、地位や権力を持つものと持たざるもの、資本主義社会はそれ自身が敵対的性質を備えている。
また、この箇所の「ユダヤ人」を「アベガー」に変えても当てはまるだろう。
社会的強者は、自身の欲望の未達の原因を「アベガー」に投影しているという話だ。
だがこのイデオロギー的空想の流布は、id:ta-yajis さんが言うように、恐怖でもある。
安倍晋三さんを死なせたのは誰だ フジテレビ上席解説委員 平井文夫
安倍氏の死を「(自民党政権に対しての)批判なき政治」の実現につなげたいというムーブをしている人たちが多くて怖い。
2022/07/10 03:44
b.hatena.ne.jp幻想を、プロパガンダ(宣伝)によって信じ込ませることもできる。
社会的強者はフォロワーや支持者も多いので、フォロワーによるリツイート、信者による「いいね!」など、強大な支持者の動員と同調圧力の展開によって、真実味を帯びてくる場合もあるだろうよ。
個人的には今まで、落合陽一とかホリエモンは別に嫌いではなかったけど。
今回の件で少し嫌いになったな。
それは、
真実を求める姿勢として不誠実だから
だ。容疑者の動機の主要因を無視して、事実と呼べるには乏しいイデオロギー的空想をツイートするその有様。
その問題の矮小化、アベガーという原因のみを声高に主張する問題の単純化、死んでしまった安倍元首相への冒涜ではないだろうか。
まあ別に「なぜあのような凶行に至ったのか?」なんて、別にどうでもいいんだよな。
俺も人のこと言えないけど、ほとんどの人は、この話題を取り扱ってるほど暇ではないだろうよ。
日々の生活で精一杯な人も多いはず。
だけど、誰かが言ってた「長年に及ぶ苦悩が、安倍元首相への逆恨みに転じた」という理由において、その"長年に及ぶ苦悩"の原因を深く、迫っていくことで。
第2、第3の山上容疑者を防ぐヒントも、得られるような気もするんだけどな。