逆寅次郎のルサンチマンの呼吸

独身弱者男性が全集中して編み出した、人間の無意識にあるもの全てを顕在化する技を伝授します。

ルサンチマンによる現状肯定が機能しなくなる際にフロイトがいう抑圧されていた「不気味なもの」が回帰する

昨日は、自らを微分してゼロに近付こうとする行動について、語った。
<外出すること>で、嫉妬心の値が極限的に大きくなったりする。
また、人と触れ合うことで、孤独感は極限的に小さくなるかもしれない。

そもそも<自分=y=f(x)>は おそらく複雑な多項式によって構成されている。
無数の<係数と変数が結合した項>や、<定数項>の影響を受けている。
嫉妬心や孤独感や劣等感といったもの、自分とってネガティブな感情の項が、自分という方程式にあるならば。
それを抑圧する力を持つ項(金、性的パートナーといった“-●x”に相当するもの)も、あるかもしれない。

2022年5月9日放送の「月曜から夜ふかし」で、こんなことを言っていた。
幸福度が最低の年齢が発表された件」について。
アメリカのダートマス大学の教授が、人生の幸福度と年齢の関係について、世界132か国で調査したらしい。
そして判明した最低値は、47~48歳だった。
マツコは「分かるでも」と、共感する。
そうかもしれないな。
このサイトでよく紹介する、抑圧され孤独に生き続ける悲しい存在である漫画「最強伝説黒沢」の黒沢も、44歳という設定だ。

漫画「蒼汰の包丁」に出てくる、ワンルームで一人暮らしをし、じゃがりこらしきお菓子を調理して酒のつまみにしてバラエティを見ながら一人晩酌している際に「…45年間必死に生きてきた結果が…これなのか?」とつぶやき、涙を流すオッサンも、45歳だ。

番組では、

40代が最も低くなるのは、失業や別居、病気などが起こりやすいことが原因だと考えられており、そこから徐々に回復し、82歳以上で幸福度が最高値となる。

と、紹介された。
さらに、

ちなみに既婚者は単身者や離婚経験者と比べ幸福度が高いとの結果も出た

とのことだ。
マツコは「わかる~!」と、更に共感していた。

そうなんだよな。

マツコや俺や「最強伝説黒沢」の黒沢は単身者、「蒼汰の包丁」に出てくるオッサンは離婚経験者だ。
既婚者は大変な事もあるだろうが、愛を相互に与え合う対象が存在する。
単身者はそうじゃない。
抑圧されている時間は、既婚者よりも長い。

黒沢はパートナー不在のため、性的欲求を満たす機会がない。
それも一因となり痴漢未遂を招いてしまった器官なき身体だ。非常に危険な存在である。

自分を認めてくれる、愛してくれる対象の<希薄/欠如/不在>は、「最強伝説黒沢」の黒沢の未遂事件というフィクションの話のみに留まらない。
いくらでもあるだろう。
秋葉原歩行者天国であった事件、小田急線や京王線で起きた事件、少し犯人の過去を調べれば、愛を与えてくれる存在の不在、愛の供給欠如が伺えるだろう。

そのため、ルサンチマンを機能させて、人を傷つけないようにしないといけないんだけどね。

俺の好きな漫画に「ザ・ワールド・イズ・マイン」がある。
ドラマのモテキのワンシーンでも紹介されてたよ。
くるり」も好きみたいで、帯に推薦文が書かれてたな。
同名のアルバム「THE WORLD IS MINE」もある。

この漫画に出てくる三隅俊也(トシ)という人物。
ネタバレになるが、漫画の前半だし古い漫画だから、いいだろう。
郵便配達員のトシ、この男は爆弾〇ロを遂行し、多くの人間を〇害した。

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン [ 新井 英樹 ]

そしてトシのパーソナリティとして、"童貞"というキャラクター設定が成されていた。
この童貞期間の長さは、自尊心の下落を招いただろう。

そして、ある契機により、抑圧された性的欲求が爆発し、実際に爆弾を作り、街も人も爆〇した。
これはフロイト精神分析でいう「抑圧されたものの回帰」かもしれない。
何が回帰するか?
「不気味なもの」が回帰する。

s-office-k.com梶井基次郎の「檸檬」を読みながら、トシは鬱屈とした日々を過ごした。
仕事や恋愛、うまくいかない日々の生活、小説の「檸檬」に同一化し、癒された。

そして契機が訪れる。
それについては漫画を読んでくれ。
その契機によって、抑圧されていたトシは、解放することになった。

つまり性的コンプレックスは、狂気や破壊といったものを生成する危険因子を内包している。メランコリー(鬱病)、スキゾフレニア(分裂病)、パラノイア(偏執病)との関係については、確かドゥルーズガタリが「アンチオイディプス」とかで語ってたかも。

とにかく、その性的コンプレックスを醸成するファクターとして、先日述べた男女6人恋物語をしている対象の存在がある。
高田馬場の場合は、ハチミツとクローバー的大学生か。
引用する漫画が少し古いが、まあそれは俺の世代的なものもあるだろう。
ヒゲダンの「Pretender」に出てくる大学生グループでもいい。

大学生グループは、俺や黒沢のような対象に対して、差異的=微分的な力を持つ。
孤独な男は、高田馬場を歩いている際に、大学生グループの知覚による他人の流入により、己という関数=f(x)がゼロに向かうように微分される。

machikun.la.coocan.jp人生が微分係数だとしたら、他者の知覚により、傾きはマイナスになることもあるだろう。上記の黒沢やトシ、オッサンは、右肩上がりの直線や曲線は描かれず、プラスには向かわない。
マイナスの傾きだ。そして右肩下がりの線が原点のゼロに到達した時、抑圧したものが回帰する。

常に自分の<社会的ポジション=微分係数極限値=自分の限界>を把握し、差異化され続ける。自尊心や自己愛を喪失することもある。

昨日の話と矛盾してきただろうか。いやそうじゃない。
昨日は、自分からゼロに向かおうとする話をしてた。
しかし、他者によって受動的に、ゼロに向かわされる場合もあるのよ。
いや、前者も"自分から"行動しているようで、実は受動的かもしれないけどな。

昨日は、受動的な影響はあるかもしれないが、それでも能動性を発揮して、差異を極小化してゼロに向かう話だ。それによって自身の精神の安寧を図る。
今日は、他者によってほとんど完全に受動的に差異化させられ、ゼロに向かう話だ。それによって相対化され、自身の自尊心や自己愛が揺らぐ。

映画「パラサイト 半地下の家族」について、ネタバレになるから、まだ観てない人は以下は読まなくいい。

ラストシーンの、ギテクが起こしたあの出来事について。
必ず、蓄積していた。
抑圧されていたんだ。
日々、大豪邸のパク家の人達と働く中で、受動的に差異化され、自尊心や自己愛を失っていた。

鼻をつままれ、不快な存在として扱われた契機によって、回帰した。
抑圧されたものが「不気味なもの」として。

ルサンチマンが機能不全になった場合、タナトスが立ち現れる。
タナトスを避けるために、このサイトでは引き続きルサンチマンという平和的活動を、伝えていく。

追伸:「檸檬」と言えば米津玄師のLemonが有名だけど。Polarisの「檸檬」も素晴らしい。